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広島地方裁判所 昭和40年(行ウ)6号 判決

原告 松永健吾

被告 広島刑務所長

訴訟代理人 鴨井孝之 外二名

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し昭和四〇年一月二二日になした二〇日間の軽屏禁および作業賞与金計算高三〇〇円減削、ならびに同年六月一五日になした一ケ月間の軽屏禁の懲罰処分をいずれも取消す。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和三七年一〇月二七日から刑期一二年六月の刑の執行を受け現に広島刑務所において服役中の者である。

二、ところで、原告は被告から紀律に違反したとして昭和四〇年一月二二日二〇日間の軽屏禁および作業賞与金計算高三〇〇円減削の、同年六月一五日一ケ月間の軽屏禁の各懲罰処分を受けた(以下前者を本件第一処分、後者を本件第二処分という)。しかしながら、右各処分はいずれも違法である。すなわち、

(一)  本件第一処分は原告が昭和四〇年一月七日、同月一三日の両日広島刑務所事務官および看守らに対し暴言を吐いたことが紀律違反になるとしてなされたものであるが、原告にはかかる行為をなした覚えはなく、取調べも受けていないのに、原告の供述が録取されていない懲罰事犯調書に原告の署名指印を強要し、これを証拠として右処分を行つたものである。

(二)  本件第二処分は原告が同年五月二七日広島刑務所接見室において被告の行う違法な処置を広島法務局人権擁護部事務官に訴えたことが紀律違反であるとしてなしたものであるが、右訴えが紀律違反になる筈はなく、紀律違反がないのに処分したものであり、そのうえ右処分をなすにつき原告の供述を審理しなかつたものである。

三、よつて、原告は被告に対し右各処分の取消しを求めるため、本訴請求に及んだ。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、本案前の申立として次のように述べた。

原告の本訴請求は次の理由により不適法である。すなわち、

一、本件第一、第二処分とも特別権力関係に基ずくものであつて行政訴訟の対象とならない。原告は広島刑務所において受刑中の者であつて、原告と国との間には直接法律に基ずいて設定せられた営造物利用に関する特別権力関係が成立しているものである。

右特別権力関係においては、被告に対し法律に定められた行刑目的を達成する必要な範囲内で在監者に対する包括的支配権が付与されており、この包括的支配権に基ずいて一般権力関係では許されない命令、強制権が認められるのであつて、特別権力関係にある相手方はこれに服従すべき義務を負うところ、監獄法第六〇条に定める懲罰もこの特別権力関係であるが故に認められる命令、強制権の一種であつて、行刑目的を達成し特別権力関係の内部的秩序を維持するための紀律権に由来する。しかして、このような特別権力関係における命令、強制権の行使は権力主体の合目的的裁量に委ねられているから、その行為の当否については法規による評価ということはあり得ず、本件第一、第二処分とも裁判所の審判に服さないものというべきであつて、その取消しを求めることは許されないものというほかはない。

二、仮りに本件第一、第二処分が行政訴訟の対象となるとしても、本件第一処分の取消しを求める部分は、行政事件訴訟法第一四条により右処分のあつたことを知つた日から三ケ月以内に訴を提起しなければならないのに、原告の本訴提起当時既に右出訴期間を経過していることが明らかであるから、不適法であるというべきである。

三、仮りに本件第一、第二処分が行政訴訟の対象となるとしても原告は右各処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。すなわち、本件第一処分は昭和四〇年二月一〇日までの間に、本件第二処分は同年七月二六日までの間にそれぞれその執行を完了したものであるから、原告の現在の権利または法律上の地位に何らの関係もなく、その取消しを求める法律上の利益を欠くものというべきである。しかして、行政事件訴訟法第九条は処分の効果が期間の経過等の理由によりなくなつた後においてもなお処分の取消しによつて回復すべき利益を有する者は、その処分の取消しの訴を提起することができる旨規定するところであるが、右処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有するとは、処分が違法であることが確定され、それを取消すという取消判決の効力が生ずることによつて回復しうる権利、利益の残存することをいうのであつて、処分によつて被処分者の蒙る不利益がその処分により当然かつ直接的に招来されるものでない場合とか、単に処分があつたことを理由として将来において被処分者が不利益な取扱いを受ける虞れがあること等は、いずれもここにいう処分の取消しにより回復すべき法律上の利益に該当しないものと解すべきところ(昭和四〇年七月一四日最高裁大法廷判決、民集第一九巻第五号一、一九八頁参照)、法令上過去に懲罰を受けたことのないことは仮釈放の要件となつているのであるから(刑法第二八条)、原告は本件第一、第二処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有しないものというべく、仮りに過去に懲罰を受けたことがあることによつて仮釈放の許否の審理を受ける際事実上不利益を蒙ることがあるとしても、その不利益は懲罰自体によつて当然かつ直接的に招来されるものとは云えないし、懲罰を受けたからといつて直ちに確定的にそのような不利益を受けるものとも云えないのであつて、いずれにせよ原告は本件第一、第二処分の取消しを訴求する法律上の利益を有しないものである。

原告は被告指定代理人の本案前の申立に対して次のように述べた。

一、被告は本件第一、第二処分とも特別権力関係に基ずくものであつて行政訴訟の対象とならない旨主張するけれども、在監者に対する懲罰は在監者が収監者遵守事項紀律に違反する行為をなした場合、刑務所長が収監者に対する行政権を保持するとともに、収監者に更生を催促する教化の基本的手段として行われるものであつて、刑罰ではないのであるから、その取消しを求める訴は許されるものというべきである。なお懲罰処分が訴訟の対象とならないことを定めた法令は見当らない。

二、被告は本件第一処分についての訴が出訴期間経過後に提起された旨主張するけれども、被告が昭和四〇年一月一三日から同月二五日までの間原告の願い出た提訴を許可しなかつたので、原告は本件第一処分取消しの訴提起ができなかつたものである。そのうえ、原告は昭和三六年七月一四日以降拘禁されていたので、昭和三七年施行の行政事件訴訟法第一四条の規定を知らなかつたものであつて、行政事件訴訟特例法第五条により出訴期間内に訴が提起できるものと考えていたものである。

三、被告は原告が本件第一、第二処分の取消しを訴求する法律上の利益を有しない旨主張するところ、右各処分の執行が完了していることは被告主張のとおりであるけれども、これを取消す法律上の利益がないとは云えない。すなわち、犯罪者予防更生法により地方更生保護委員会が仮釈放の許否を決するものであるが、仮釈放審査規程第二条にはその際受刑者の収容後の行状を審査しなければならないと定めており、懲罰が右収容後の行状の顕現であるとみなされることは疑う余地がない。このことは、監獄法施行規則第一七三条第一項により刑務所長が仮釈放の具申をなす際、受刑者の行状録を添えることとなつていること、地方更生保護委員との面接があつた受刑者に懲罰がなされると同時に仮釈放の審理が中止されることとなつていること、地方更生保護委員が受刑者の過去の行状を調査するには右行状録等書類を閲読する以外には確かな方法がないこと等からみて明らかである。以上のとおりであつて、本件第一、第二処分が仮釈放の審理の際斟酌されることは当然というべきであるから、右各処分の執行が完了していても、その取消しを求める法律上の利益があるものと云わなければならない。

理由

本件第一、第二処分の存在ならびに右各処分の執行が完了していることは当事者間に争いがない。

そこで、まず被告の本案前の申立二、について判断するに、本件第一処分がなされたのは昭和四〇年一月二二日であるが、その処分の性質に鑑み原告が右日時直ちに右処分のあつたことを知つたものと解するを相当とするところ、原告が右処分の取消しの訴を提起したのが昭和四〇年六月一五日であること記録上明らかである。ところで、原告は右日時に至つて本件第一処分取消しの訴を提起した理由について被告が同年一月一三日から同月二五日まで原告の提訴を許可しなかつたこと、行政事件訴訟法第一四条の規定を知らなかつたことによる旨主張するところであるが、仮りに被告が右期間提訴を許可しなかつたとしても、それ以後なお出訴期間が残存しており、右許可しなかつたことをもつて出訴期間徒過の救済理由とはなしえないし、右法条を知らなかつたということも同様であるから、右原告の主張は採用することができない。してみると、原告の本件第一処分取消の訴は右処分のあつたことを原告が知つた日から三ケ月以内に提起されなかつたものというべく、その余の点について判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。

次に、原告の本件第二処分取消しの訴に関し被告の本案前の申立三、について判断するに、被告は本件第二処分の執行が完了しているから、その取消しを訴求する法律上の利益を欠く旨主張するところ、右処分は原告を拘束する事実行為的行政処分と解されるから、その執行の完了によつて消滅していることは明らかであるというべきであるが、単にそのことだけでは直ちに右処分の取消しを訴求する法律上の利益を欠くものと即断しえないことは行政事件訴訟法第九条の規定から明らかである。しかして、刑法第二八条によれば過去において懲罰処分を受けたこと自体仮出獄の要件でないことは被告主張のとおりであるけれども、犯罪者予防更生法第三〇条によれば仮出獄の審理の際在監中の行状が調査されることとなつており、右審理に当つて懲罰処分を受けたということから不利益に取扱われる虞れがあることは原告主張のとおりであるというべきである。しかしながら、右第九条の解釈として、仮りに本件第二処分が違法のものであり、これによつて原告が主張するごとき不利益を蒙る虞れがあるとしても、かかる不利益は将来の発生にかかり、しかもその発生自体確定的であるとも云えないし、本件第二処分によつて当然かつ直接的に招来されるものでもなく、さらに本件第二処分の存することによつて将来仮出獄の審理の際不利益に取扱われることがあるとすれば、右不利益な取扱いを争う訴訟において考慮されうると解されるから、この意味においても原告が本件第二処分の取消しを求める法律上の利益を有するものとは云えない(被告主張の判決参照)。その他本件第二処分の取消しの訴につき法律上の利益を認めるにたる資料はない。したがつて、本件第二処分の取消しを求める訴は右処分の執行の完了によつて法律上の利益を失つたものというべきである。してみると、右訴もその余の点について判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

以上のとおりであつて、原告の本件第一、第二処分の取消しを求める本件訴はいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 永松昭次郎 清水利亮)

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